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「宿房 翡翠之庄」オーナー(創業者)  首藤文彦 プロフィール

1957年(昭和32年) 大分県竹田市直入町 長湯温泉で4人兄弟の末っ子として生まれる。
1980年(昭和55年) 東京の中央大学中退後、福岡の中村調理製菓専門学校(旧・中村調理師専門学校)に入学。
卒業後、北海道をかわきりに料理人として修行を積む。
1983年(昭和58年) 長湯温泉「大丸旅館」の料理長となる。
1985年(昭和60年) 「かわせみラグビークラブ」を結成。主将となる。
その後、フィリピンに渡り、ペニンシュラホテルの和食総料理長に抜擢される。
1986年(昭和61年) 御食事処「川瀬美」をオープン。29歳。独立の第一歩。
1989年(平成元年) 1万8,000坪の広大な土地(山林)を購入(後に買い増しして現在敷地は約3万坪)。
1991年(平成3年) 自ら重機を駆使し、連日土地を開墾、整地→離れを建築開始。自家温泉も湧出。
1992年(平成4年) 「宿房 翡翠之庄」開門(創業)。
1993年(平成5年) 独立の原点である食事処「料庵 川瀬美」を「翡翠之庄」の敷地内に移転オープン。
JJSBA公認ジェットスキープロチーム「チームカワセミ」結成、監督となる。
惣菜加工所「K・Factory」設立。
陶芸工房「圭」開窯。陶芸教室もスタート。
1994年(平成6年) コットン舎・貿易トレーディングカンパニー(ワイン等)設立。
ドイツ友好都市を意識した食肉加工所「ハンドベルク長湯」設立。
1996年(平成8年) かわせみ茶屋「峠の月光」(食事処・観光案内所)オープン。
第一弾ログスクール開設→ログハウス棟「飛鳥」完成。
1997年(平成9年) 「峠の月光」にて釣り堀オープン。
第ニ弾ログスクール開設→貸別荘「King Fisherman’s Club」完成。
1998年(平成10年) 長湯温泉で、東京ドーム約30個分の土地を購入→子供達との「村」作り構想。
1999年(平成11年) 日本最大級のラジコン(RC)の本格的サーキット「Kawasemi Jr. Super Indy Circuit」をオープン。
2000年(平成12年) ラーメン 隼」オープン。
2001年(平成13年) Kawasemi Jr. Super Indy Circuitチームの監督として活動。 チームはラジコン日本代表のメンバーを輩出し、ドイツ、オーストラリアの世界戦にも出場。
2002年(平成14年) アメリカの世界戦にも出場を果たし、チームメンバーである岩本選手が日本人初の表彰台にあがる。
生ゴミ推進協議会「土カエル」導入、地球環境企画部設立。
「常聖・天空の杜」として、98年に購入した山を使って、不登校の子供たちのための学校のプレ開校を果たす(22日間)。
「常聖・天空の杜」の支援事業として、貿易会社(ジャパン・サンクチュアリー・コーポレーション)を設立。
2003年(平成15年) 山形直伝 秋山流手打ち蕎麦「月光」改装オープン。
九州最大のラジコン用の「東佐賀サーキット」を買収。
2004年(平成16年) 外湯めぐりの湯治宿「ガニ湯本舗 天風庵」オープン。屋台村4店舗もオープン。
2005年(平成17年) スッポンを通して地域おこしと美しい川づくりをしようとの試みで「月とスッポン・ニッポン」協会設立。
2006年(平成18年) 長湯温泉旅館組合の組合長として大分県庁に赴き、九州初「源泉かけ流し宣言」。(長湯の温泉風呂を、循環ろ過装置を使わないなど)
JA大分みどり跡地を買収。
2007年(平成19年) その跡地に長湯歴史温泉伝承館「万象(ばんしょう)の湯」が、長湯温泉の第三の温泉館としてオープン。
長湯温泉の「炭酸泉日本一宣言」。
2008年(平成20年) 「万象(ばんしょう)の湯」に長期滞在型湯治棟(宿泊施設)がオープン。
2009年(平成21年) ムーンリバーホース」(乗馬サービス)がスタート。
エステ施設「エンジェルファーム」オープン。
2010年(平成22年) 新時代の「宿房 翡翠之庄」を予感させる新公式HP完成。

長年に及ぶラグビー選手生活と共に、若かりし頃にはモトクロスライダーとしても活動していた。
2010年現在、特定非営利活動法人・竹田市観光ツーリズム協会の初代会長も務める。
「はじめに母ありき」「自伝・くたみ伝説」執筆中。